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いろはには戦はわからぬ
ってことで、合戦の機微とか軍略とかはさっぱりわからんので、もっぱら外交とか内政の方が興味がある

いろんな状況を把握すればするほど、いったい誰と誰が対立してたのか、どういう対立がメインなのかよくわからなくなってくる
権現様と治部は本当に不仲だったのかという疑問も生じつつあったりする
治部は首謀者ってことになってるけど、妻子がほぼ許されてるうえに、その後徳川と関わりが深いんだよねえ
関ヶ原で間違いなく損害を被ったのは毛利と上杉で(長宗我部は自業自得だと思ってる)、権現様の狙いは100万石クラスの大大名の国力を削り取ることだったわけかな?
そう考えると、島津が伏見城入場拒否られたのも島津潰しのための作戦のような気もしてくる(結局島津は本領安堵だったけど)
あと、いわゆる豊家恩顧の大名は織田系と古参はずっと有力外様として残ってる感じなんだけど、子飼いとかあの辺は3代目くらいまでに改易されてるのもなんか気になるんだよねえ
そんな感じで蜂須賀と浅野も気になって来た
っていうか、太閤様は成り上がり期からの古参というか譜代といえる大名を大方斬り捨ててて、それがあっさり徳川時代になった最大の要因らしいです

とりあえず、武家社会における衆道について私なりに考え方が固まった感じ



・黒田長政の関ヶ原
・長宗我部盛親の空白の15年(実質は13年くらい?)
・黒革の手帳ばりにアグレッシブな浅井菊子の一生
・南海坊天海と春日局と光千代のほのぼのお江戸生活
・祖母について調査を始める細川光尚
・片倉小十郎重綱と真田阿梅のラブストーリー
・井伊直勝・直孝兄弟の物語

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