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いい加減なんか本多したいのと、まともにイベント参加したいので申し込もうかどうか悩み中
しかし、本出せるかどうかもちょっと怪しい
出すなら、まさみつ学パロかなあ?

ちょっと出かけようと思ったけどあまりに寒すぎたのであきらめた
行ってみたいイベントがあったのだけど、明日の仕事帰りにのぞくとするか

黒田官兵衛大河をこっそり応援している私ですが、
その時ははんべさんは玉木宏にやって欲しいなあと何となく考えている
はんべさんは、長身でひょろっとした穏やかな美青年なイメージ

黒田家はいろんな意味で関ヶ原の渦中にいる人たちだと思うのだけれど、何だか微妙に不透明な部分があってその辺がよくわからん
まず黒田親子の意思疎通が、親父殿の思惑も含めてどうなってるのかよくわからず
そして、地味に黒田と蜂須賀の関係がよくわからんのだよなあ
っていうか、関ヶ原の対立構造は、徳川vs石田であって、近江派vs尾張派みたいな感じになってるけど、むしろ成り上がり期からの古参武将(と豊臣親戚)と太閤閣下の忠臣の対立みたいな感じなんだろうか?
そうやって考えると、加藤福島あたりよりも黒田蜂須賀浅野あたりの方が重要な位置を占めるように思うのだけれど、このあたりの人間が権現様使って冶部を失脚させたかったのかしら?
そう考えると、小早川の寝返りは当然であって、そういう視点で見ると宇喜多もむしろ東軍になってもおかしくなかったんじゃなかろうか
七将襲撃の首謀者はむしろいえまさ兄さんではないかっていう説があるんだけど、そうなるとますます直前に妹突き返された黒田家との関係がよくわからん
太閤閣下が天下を取ってから煮え湯を飲まされた古参の動きから見た関ヶ原の対立構造みたいな論文を探してみよう


襲撃メンバーとされる人を勝手に区分する(七人以上いるのは諸説あるから)

子飼い
加藤清正・福島正則・加藤嘉明

織田系
細川忠興・池田輝政

成り上がり期からの古参(の二世)
黒田長政・蜂須賀家政・浅野幸長

分類がわからない
藤堂高虎(元秀長家臣)

秀次事件関係者
細川忠興・浅野幸長・藤堂高虎・池田輝政(秀次正室だった妹が難を逃れているのはなぜ?)

実際のメンバーがよくわからんのだけど(そもそも本当に7人だったのかな? 戦国の数字は結構適当だからな、某五人いる四天王とか)、池田さんがメンバーに入ってる意味がよくわからない
地味に戦国から江戸にかけての遊泳術NO.1な池田家の政治的な見解なのかしら?

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